季節の行事豆知識

七夕行事であなたも幸運を招きませんか

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七夕はご存知ですよね。小さいころ「笹の葉さらさら・・」と歌いながら、笹の葉に短冊を飾られた方も多いと思います。今回はその七夕行事についてご説明します。

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一章 七夕の由来

 七夕は日本古来の禊行事、「棚機(たなばた)」と、中国伝来の乞巧奠(きこうでん)の行事、それと織女伝説が融合したものが、今の日本の七夕行事です。
日本古来の「棚機」は、選ばれた「棚機女(たなばたつめ)」と呼ばれる、機織りの名手である乙女が、川などの清い水辺にある機屋(はたや)にこもって、神様のために心をこめて着物を織り祭壇にそなえ、神様をお迎えして秋の豊作を祈ったり人々のけがれをはらうというものでした。奈良時代になると中国から織女伝説が入ってきました。
 織女伝説とは、「天帝の娘、織女は独り者で天の川の東で機織りをしておりました。それを気の毒に思った天帝は川の西の牽牛(牛飼い)のところへ嫁がせました。嫁いだ織女はあれほど上手だった機織りを辞めてしまいました。天帝はそれを許せず、怒り、織女を元の家に戻してしまいました。その別れを悲しむ夫婦を哀れんだカササギが、一年に一度だけ七月七日の夜、天の川に橋をかけて二人が会えるようにしてやり、天帝もそれを許しました」というものです。川のほとりで機織りに励む乙女と、設定た似ていますよね。この二つが融合したのも理解できます。そこにさらに仏教行事の乞巧奠が融合します。

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二章 乞巧奠(きこうでん)とは

 乞巧奠(きこうでん)は、織女星にあやかり、機織りや裁縫が上達するようにと、縁側や庭先の祭壇に五色の糸を通した針を七本と、果物、お花などをお供えして、お香を焚き、星に祈りを捧げるものです。時代が下がるにつれて、手仕事だけではなく、芸事や書道などの上達も願うようになりました。この乞巧奠も中国のお盆として七月七日に行われていたことから、奈良時代に仏教伝来とともに、中国から入ってきたのです。
 日本古来の禊行事と融合したのは、朝廷の儀式として行事が催された記述が残っていることからわかります。聖武天皇が天平六年(七三四)七月七日に、神様への奉納相撲をご覧になり、夕方には文人を集めて七夕の詩を作られたというのが、最古の記録です。この時代、神事も仏教行事も朝廷が仕切っており、日本は八百万(やおよろず)の神々を信仰するという神道が元となっておりましたから、今では不思議なようにも思えますが、受け入れ取り込まれていったのです。時代は下がり、平安時代には宮中行事として七夕行事が行われるようになり、江戸時代になると五節句のひとつと制定され、庶民の間でも行われるようになりました。

まとめ

 現在の七夕では笹の葉にお願いごとを短冊に書いてつるしますが、これは冬でも緑の笹竹が生命力の象徴であり、古くから神聖な植物とされてきたことから、そこに五色の短冊をつるすようになったものです。昔は穢れを流すことと、願い事の成就のために、川や海に笹飾りを流すことも行われていました。時代の変遷とともに七夕行事も形を変えてきましたが、七夕行事の持つ、星への願かけや禊行事としての意味合いは今も受けつかれています。
 あなたも七夕行事で穢れを祓い、願いごとを叶え幸運を招いてみませんか。きっと神様にも届くはずです。

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